文系大学院生の読書録

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「事実」がどうでもよくなる瞬間 Lisel Mueller "Romantics: Johannes Brahms and Clara Schumann"

Lisel Muellerの"Romantics: Johannes Brahms and Clara Schumann"

 

 最近、恩田陸の『蜜蜂と遠雷』を読んだのですが、その流れでクラシック音楽を聴いていました。(単純。)そんな中見つけたのが、このリーゼル・ミューラーの「ロマンティックーーヨハネス・ブラームスクララ・シューマン」という詩だったのです。読むしかない。

 

 Wikipediaによると、ブラームスシューマンの妻クララは「生涯に渡って親しく関係を続け」「恋愛に近い関係になったと推測される時期もあったようだが、ブラームスシューマンも強く尊敬しており、1856年にシューマンが死去したのちもブラームスが彼女と結婚することはなかった」とのこと。

 

 それなのに、というところから作品は始まります。(以下、かっこ内は作品の要約です。)

 

(現代の伝記作家ときたら、二人の友情が「どこまでのものだったのか」ばかり気にしている。僕の守護天使、親愛なる友、という言葉が何を意味するのか知りたくて、彼らの時代とは無関係な不躾な質問ばかりしているのだ。まるで二つの体が一つになることが、愛の深さを示すのだと言わんばかりに。)

 

forgetting how softly Eros walked

in the nineteenth century, how a hand

held overlong or a gaze anchored

in someone's eyes could unseat a heart,

and nuances of address not known 

in our egalitarian language

could make the redolent air

tremble and shimmer with the heat

of possibility.

(伝記作家たちは)忘れてしまっているのだ、19世紀に

キューピッドがどれほどそっと歩いていたかを、普通より

長く握られた手や、誰かの目に

釘づけになることが、どれほど胸をざわめかせたかを

名前を呼ぶときの

平等主義者の言語にはない微妙な違いが

香る空気を

ひょっとして、という熱で

震わせたり、きらめかせたりしたことを。

 

(寂しさと惜しみない優しさに満ちた間奏曲を聞くと、私はいつも、彼らが遅咲きのバラと暗い葉に囲まれて、私たちが盗み聞きできないように、あたりの景色に代弁させているところを想像するのだ。)

 

 ああもう大好き。19世紀に生きたブラームスとクララのひそやかな恋を、ちょっと長めの握手や名前を呼ぶ声の微妙な変化、それを感じとってドキッとしてしまう様子で描写するのも好きですが、それらをそーっとそーっと歩くキューピッドでまとめているところがたまらなく好きです。

 

 そして、最後の語り手の囁きにはいろいろ考えさせられます。伝記作家は、対象やその作品が好きで仕方なくて、対象のすべてが知りたくて伝記を書くのだと思います。途方もない労力を使って、現存する資料を片端から調べ、対象の人生の空白を想像力を極限まで使って埋めていく。作家たちが「事実」に取り憑かれてしまう気持ちもわかる気がします。対象を理解するための大切なピースですから。

 そんなとき、最後の語り手の囁きは、伝記作家に対するちょっとした声がけのようです。作品には、資料に残ってない何かがあるような気がしませんか。「事実」ではなく彼らの「感情」が隠されているように思えませんか。作品に耳をすませば、聞こえてくる気がしませんか。そんなふうに言っている気がします。

 

  音楽でも文学でも絵画でも、私は好きな作品があると、周辺資料を漁って満足してしまうことがあります。そんな時に改めて作品に立ち返ると、「事実」なんてどうでもよくなってしまうのです。やはり作品は資料よりもずっと面白い、と余計に好きになってしまうのです。

 資料を丹念に調べることの面白さや大切さはわかります。けれどやはり、作品がいちばん面白くて、作品に触れる瞬間がいちばん好きです。

 

 

P.S.

タイトルの"Romantics"、どう訳したものでしょうか。

 

詩人・作品情報

 Lisel Mueller (1924-) ドイツ・ハンブルグ生まれ。15歳の時にナチスの迫害を逃れアメリカに移住。

Good Poems (Garrison Keillor編)所収。p.120.

 

 

Good Poems

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