文系大学院生の読書録

詩・ミステリ・たまーに洋書

どっちが飼い主?「犬の散歩」ハワード・ネメロフ

 

"Walking the Dog" by Howard Nemerov

 

 

「なぜ詩を書くのか?」リーゼル・ミュラーとは全然違った答えが出てきた。

 

 

犬の散歩に行く。「彼はしっぽを立て、鼻を下げて」こそこそ歩いていく。一方「私」はいつも街灯を見上げているので、犬の様子はよく見ていない。

  

犬が茂みに夢中になると、「私」は立ち止まるしかない。けれどそれも「もう立っていられない、と私が我慢できなくなる」まで。「私」と犬の関係は「忍耐で成り立っていて」、「バランスをとりながら」一緒に生活をする仲。「互いの考えには口を出さない」ことにしている。

 

 

「私」と犬には一つ共通点がある。それは犬が「私」に教えてくれた「ふん」のこと。ふたりとも「ふんのことは全部知っている」。だから道端のふんがどうなったのかを「確かめながら、私たちは歩いていく」。

 

もちろん犬のほうが「ふんに対する感覚」が鋭い。 いい場所を見つけると「三回まわって、しゃがんで、ふんをする」。それがすむと、ふたりで「威厳をもって」家へと帰る。ただ、これだけだとどっちが犬でどっちが飼い主だかわからない。だから「私はどっちが飼い主かを示すためだけに、詩を書く」。

 

***

「私」は自分が飼い主だとはっきりさせるために詩を書くのだけど、その詩の中で、犬は彼と同じ重さを持つひとつの「宇宙」だ。ふたりの間を結ぶのは「愛とリードだけ」。片方がもう片方を飼っている、なんて「私」はあまり考えていないんだろうな。

 

Walking The Dog - Howard Nemerov

"Walking the Dog" by Howard Nemerov(1920-1991)

from Good Poems. Garrison Keillor ed. (p.240)

Good Poems

Good Poems

 

親が死んでも花は咲く「尋ねられたときには」リーゼル・ミューラー

 

"When I Am Asked" by Lisel Mueller

 

なぜ、人は詩を書くのでしょうか。

 

「どうして詩を書くようになったのか」と聞かれると、詩人は「自然の無関心」について話すのだといいます。

 

詩人の母親が亡くなってすぐ、それは「すべてのものが咲き誇る」「輝くような6月のある日」のこと。美しく整えられた庭園で、詩人はベンチに腰掛けますが、「ワスレグサ」は何も聞かず、「バラは丸まったまま」。「葉っぱ一枚落ちずに」「太陽」は燦々と照り続けます。 

 

「ピンクと白のホウセンカ」の「純真そうな顔に囲まれて」、詩人は詩を書き始めます。なぜなら、詩だけが「ともに悲しんでくれる、ただ一つのもの」だったからです。

 

***

大切な人を亡くしたのに、なぜか世界は美しい。そんなとき初めて、自然が自分に無関心で、悲しみは自分でなんとかするしかないと気づきます。それでも、言葉だけはそばにいてくれると知っている、詩人は幸せだと思う。

 

www.poetryfoundation.org

"When I Am Asked" by Lisel Mueller(1924-)

from Good Poems. Garrison Keillor ed. (p.396) 

Good Poems

Good Poems

 

そして私は花だった。「冬の詩」ニッキ・ジョバンニ

 

 

"Winter Poem" by Nikki Giovanni

 

冬の終わりに、雪が降り始めたときのこと。

 

あるとき「雪」が「私の額」に落ちてきた。「私」はその雪を深く愛し「くちづけ」る。すると「雪」は嬉しくなってしまって、「いとこ」や「兄弟たち」を呼び集めた。雪に包まれた「私」は、みんなを「愛したくて」「抱きしめた」。すると、

 

・・・みんなは

春の雨になり 私はじっと

立ったまま そして 私は花だった。

 

 

***

 

早春の雪が雨へと変わる瞬間が、こんなにいとおしく書かれている詩を他に知らない。

雪を抱きしめ、雪とじゃれあう「私」が、最後にすっと「花」として立ち上がり、雨の中たたずむ様子はなんとも言えずせつない。

 

「花」のキス、つまり春の訪れは、「雪」を「雨」へと変えてしまう。けれど「雪」が「花」とともにいられるのは、この瞬間、冬の終わりに「雨」へと変わる瞬間だけ。そして「雨」になった「雪」は土へとしみこみ、やがて「花」の一部となる。

 

単なる自然詩と言うよりも、まるで相思相愛の恋愛詩。それも浮かれるような恋愛ではなくて、ほんの一瞬しか交わることのない、はかない恋。

 

「私」と「雪」の幸せな戯れと、そのあと一人で立つ「花」のさびしさ。

生まれては死んでいく人の恋も、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。

 

 

Winter Poem Poem by Nikki Giovanni - Poem Hunter

"Winter Poem" by Nikki Giovanni(1943-)

from Black Nature.  Camille T. Dungy ed.(p.328)

Black Nature: Four Centuries of African American Nature Poetry

Black Nature: Four Centuries of African American Nature Poetry

 

 

死後のお隣さん。「二人の幽霊の会話」エミリ・ディキンスン

 

 「二人の幽霊の会話」

           エミリ・ディキンスン

 

私は美のために死んだ、だが

墓には馴染めなかった

真実のために死んだ人が

隣で横たわっていたとき。

 

彼は優しく、なぜ私が死んだのか尋ねた。

「美のために」と私は答えた。

「僕は真実のためにーーこの二つは一つのもの

僕たちは仲間だ」彼は言った。

 

そして、親類が夜に会ったように

私たちは部屋を挟んで話し合った

唇へと苔が伸び

私たちの名を覆い隠すまで。

 

 

***

人生その後のお隣さんが、気の合う人なら幸せだと思う。いくらでも話す時間があるからーー苔に口を塞がれるまでは。最後に死者の現実を思い出させて、希望を遮断するところが秀逸。

 

"Two Ghosts Converse" by Emily Dickinson(1830-1886)

from Poems Bewitched and Haunted. (p.209)

 

Poems Bewitched and Haunted (Everyman's Library Pocket Poets Series)

Poems Bewitched and Haunted (Everyman's Library Pocket Poets Series)

 

 

乗ってみたい?「タイタニック」デイヴィッド・スラヴィット

 

"Titanic" by David Slavitt

 

その運命を知っていたら、誰だって乗船しようとは思わないタイタニック号。

 

けれど詩人は「誰がタイタニックを嫌いになれるだろう?」「明日同じ航路のチケットが売り出されたら、誰が買わずに入られるだろう?」と話す。

 

なぜ?

 

詩人は歴史を無視しているわけじゃない。「一人きりで」「みんな沈んでいく」とわかっている。けれど周りに目を向ければ、そこには「友人たち」や「召使いたち」がいて、みんなご馳走で「お腹いっぱい」。「音楽」と「光」が溢れている。船が沈んでも「冷たい水は麻酔」、すぐに何も感じなくなる。「叫び声だって慰め」。だから「そんなに悪いことじゃない」。

 

 

世界中の人々がショックを受けて、「適切に」嘆いてみせ、「本や映画」で悲劇は語り継がれる。けれどそれも結局、人々が「気持ちの良い涙を流せるように」。

 

詩人は、タイタニックに憧れがあるのか、それとも、豪華な船とともに沈んだファーストクラスの人々を皮肉っているのか。半々くらいかな、と思う。彼らの贅ではなくて、彼らの経験に憧れているような感じ。きらめくような光と、深く沈む海の闇を両方経験した人たち。私が今まで経験したことのないもの。自ら経験しようとは思えないもの。だからなかなか経験できないもの。

 

「みんなで行くのさ。ほんのわずかの、ファーストクラス」

 

チケットを買わずにいられるだろうか。命がけの光と闇。垣間見てみたいと、思い始めた自分が怖い。

 

"Titanic" by David R. Slavitt(1935-)

from Good Poems.   Garrison Keillor ed. (p.407)  

Good Poems

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娘の目にはパパの笑顔。 Richard Jones "After Work"

 

Richard Jonesの"After Work"。

 

これはニューヨークの大都会で働くお父さんの詩。

  

地下鉄の駅から、夕暮れのマンハッタンへと出る。「スーパーの女たち」も「タクシー運転手」も何か大声でわめいていて、まるで「心臓を乱暴に掴まれた」みたい。

 

「一日中働いて、苛々して、疲れ切っている」父親を、癒してくれるのは、「通りに響き渡る」「教会の鐘の音楽」ではなくて。

 

家に帰った父親は、「小さな娘を抱きしめ」「キスをし」て呼びかける。そして「娘の目から髪をよけてやる」。娘に自分が見えるように。

 

ギスギスした街とは対照的な、ありきたりだけど平和な、父と娘のやりとり。全体が英語で書かれた中で、娘に呼びかけた「私の命、私の心」というスペイン語の一言は、二人の居場所を、外界から隔絶された聖域のようにしている。

 

父親は娘の顔が見たくて髪をよけるのだろうけど、大事なのは「彼女に見える」こと。そして娘が見るのはきっと父親の笑顔なんだろう。「どんなに仕事が大変でも娘に会えば疲れが吹き飛ぶ」なんてよくわからなかったけれど、今少しだけ、その気持ちがわかった気がする。自分の父親もこんな風に感じたんだろうか。恥ずかしすぎて聞けないけれど。

 

"After Work" by Richard Jones(1953-)

Good Poems(Garrison Keillor編)p.183所収。

Good Poems

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土曜の朝の秘密 Hugo Williams "Saturday Morning"

 

"Saturday Morning" Hugo Williams

 

 

 金曜の夜が、恋人やパートナーと愛を確かめ合う時間なら、そのあとの土曜の朝、みんなはどんな顔をしているのだろう?詩人によると、「頭のてっぺんに、赤いライトをちかちかさせ」ているらしい。「白髪のジェントルマン」も「ほおを赤らめた少年」も、「お腹に赤ちゃんのいる女性も」。

 

「お腹に赤ちゃんのいる女性」は「私」に微笑みかけると、秘密めかして「小さく肩をすくめた」。「まるで、彼女の頭の上の赤く点滅するライトは、自分が知ったことのささやかな代償だと言わんばかり」。ああ、あなたのところもですか?ええ、見ての通り、うちもです。お互い、いい週末になりそうですね。と言わんばかり。

 

 ***

パートナーと一晩過ごした翌朝のふわふわした気分を「点滅する赤いライト」と表現するのも好きだけれど、街中でみんなが頭の上でライトをちかちかさせている様子が、想像すると何だか面白くて微笑ましい。Schoolboyなんてひときわチカチカしてそう(笑)。

  

パートナーと過ごした後のくすぐったい感じや、その感覚を知っている人たちの共犯めいた感じ、土曜の朝のひそやかな秘密の幸せが目に見えるようで、大好きな詩です。

 

 

"Saturday Morning" by Hugo Williams(1942-) 

Good Poems(Garrison Keillor編)所収、p.115 

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